2022年5月5日

ありがとうございました

 早いもので

5月5日

今日は立夏です


以下

私自身のプライベート日記になりますので

お忙しい方はどうぞ読み飛ばしてくださいね



夫を見送って70日くらい経ちました

同じように伴侶を亡くした方々のお話を伺うと

20年経っても哀しみが消えることはないそうです

なので

無理に元気になろうとするのではなく

悲しみをかみしめる時間を経ることが自分にとっては大切

...と思い日々過ごしています


半身を失ったような大きな喪失感もある一方で

夫の人生の締めくくりの時間を一緒に過ごせたことには

しあわせを感じ

それが今の私の支えにもなっています


夫の生きた証がいっぱいある部屋で過ごしていると

いつも夫を感じ

家を出ると 夫と訪れた場所に足が向かい

買い物していると 夫の好きなものを目で追っています


夫が自営だったので

その創業から事務全般etc...

一人で病院に行けない人だったので

病院も一緒


体調のいいときは

病院の帰りの寄り道が楽しみでした


夫が自分の車を手放してからの最後の一か月は

本当にどこに行くのも一緒でした

今も

隣の助手席のシートは夫のリクライニング角度になっています


夫が逝ってからの数日は

冷蔵庫を開けると

夫の食べかけのアイスやジュースがあったり

洗面所に行くと

夫の歯ブラシ

たんすには明日着替える予定だったパジャマ...


切なくて胸が圧し潰されそうなあの感覚を今でも感じています


余命の話いろいろ聞いていましたが

実感としてはまったく理解できていなくて

亡くなる前日まで

夫の日用品をたくさん買い込んでいました

まだまだ必要だと思って


夫を失って

亡くなるってこういうことなんだと

初めてわかりました

いいえ

まだわかってないのかもしれませんが

明らかに両親を見送ってときとは まったく違う感覚です


今 初めて

自分がどれだけ幸せに暮らしていたかということを

感じています


身体洗ったり着替えしたり口腔の手入れをしたりしながら

お世話をしていると思っていましたが

支えられていたのは私の方でした


会いたい

逢いたい


もっとお世話をしたかったのに

こんな状態で長生きしたら私がかわいそう

早よ死んだらな。。。

と周囲に漏らしていたそうです



苦しい時間は最小限で逝った...と信じたいです

自分の建てたこの家で亡くなったこと

夫は満足していると信じたいです


とりとめのない文章になりました


夫が二月二十五日に逝ってから

三月&四月は卒入学のお着付けシーズンでした


お客様方にたくさん元気をいただきました


お着付けの仕事があったからこそ

なんとか自分を保つことができました


お着付けを喜んでいただくことで

私もたくさんの幸せをいただきました


たいへん遅くなりましたが

心よりお礼申し上げます


ほんとうにありがとうございました♥